AIは契約書を「読む速度」を上げますが、「判断」はしません。 この線を引かずに使うと、いちばん危ない使い方になります。
実務でいちばん効くのは、書かれている内容の確認ではなく、書かれていない条項を指摘させることです。人間の目は、そこにある文字は追えますが、無いものには気づきにくいからです。
この記事の要点
- 強いのは**「無い条項」の検出**
- 自社の基準と過去の経緯はAIが知らない
- 法務省が弁護士法第72条との関係について資料を公表している領域
AIに向く作業・向かない作業
| 内容 | |
|---|---|
| 向く | 条項の抜けを指摘する/長い契約書の論点を洗い出す/専門用語を平易に言い換える/複数の版の差分を説明する/自分の理解が合っているか確かめる |
| 向かない | この条件を飲むべきか判断する/自社にとっての有利不利を決める/法的な結論を出す/過去の取引経緯を踏まえる |
境目は「検出」と「判断」です。 何が書かれ、何が抜けているかを洗い出すのはAIの仕事、それをどう扱うかは人の仕事、という分け方をしてください。
見落としを減らす手順
ステップ1:立場と目的を先に伝える
これを省くと、当たりさわりのない一般論しか返ってきません。
これから業務委託契約書をチェックします。
■自分の立場:発注者(業務を委託する側)
■目的:不利な条件と、抜けている条項を洗い出したい
■前提:継続的な取引を想定。金額は年間で数百万円規模
まだ意見は書かないでください。この前提で読む、とだけ答えてください。
立場を伝えるだけで、指摘の向きが変わります。 発注者と受注者では、同じ条項の危険度が逆になるためです。
ステップ2:まず「無い条項」を探させる
AIの強みが最も出る使い方です。
この契約書について、一般的な業務委託契約に含まれることが多い条項のうち、
この契約書に**書かれていないもの**を挙げてください。
- 条項名と、それが無いことで起こりうること をセットで
- 重要度の高い順に
- この契約書に書かれている内容の要約は不要です
[契約書を貼る]
「要約は不要」と書くのが要点です。 入れないと、多くの場合まず全体の要約が返ってきて、肝心の指摘が薄くなります。
ステップ3:条項ごとに危険度を出させる
各条項について、発注者の立場から見た注意点を表にしてください。
| 条項 | 内容の要点 | 注意する点 | 確認が必要か |
- 「確認が必要か」は、社内の基準や過去の経緯と照らす必要があるものに○を付けてください
- 判断はしないでください。判断材料の提示までにとどめてください
「判断はしないでください」を入れます。 AIは頼まれれば結論を出しますが、その結論には自社の事情が反映されていません。
ステップ4:原文と突き合わせる
AIが指摘した箇所を、必ず契約書の該当部分で確認します。
- 条項番号がずれていないか
- 引用されている文言が、実際にその通りに書かれているか
- 指摘の前提になっている解釈が妥当か
この工程は省けません。 理由は次に書きます。
限界①:技術の限界
AIは、読み取れなかった部分をもっともらしく埋めることがあります。
契約書チェックでこれが起きると、存在しない条項について指摘を受ける、あるいは条項番号や文言が微妙にずれた形で引用されるという形で現れます。指摘そのものは的確に見えるため、原文を見ないと気づけません。
長い契約書ほど注意が要ります。 読み落としが起きる仕組みはAIに長い資料を読ませるコツ、事実でない内容が混じる仕組みはハルシネーションとは?で扱っています。
限界②:業務の限界
AIが知らないものが3つあります。
| 知らないもの | 具体例 |
|---|---|
| 自社の基準 | 検収期間は何日までなら許容するか、賠償の上限をいくらに置いているか |
| 過去の経緯 | この相手とは前回どこで揉めたか、なぜこの条項を入れたのか |
| 力関係と交渉余地 | どこまで押せるか、譲れない一線はどこか |
「一般的には不利です」という指摘が、自社にとっては許容範囲だったという場面は普通に起こります。逆に、一般論では問題のない条項が、自社の事情では致命的なこともあります。
対策は単純です。 自社の基準を、プロンプトの中で先に渡してください。
■当社の基準
- 検収期間:14日以内であれば可
- 損害賠償の上限:委託料の総額を上限とする条項が必要
- 再委託:事前承諾を必須とする
- 契約期間:自動更新は可。ただし解約予告は3か月前まで
この基準に照らして、合わない箇所を挙げてください。
この基準を一度作っておくと、以降のチェックが速くなります。 マニュアル化の考え方はAIでマニュアル・手順書を作る方法と同じです。
PR・おすすめValue AI Writer byGMO高品質なSEO記事を生成するAIライティングツール。公式サイトを見る🔍 編集部の本音 契約書チェックにAIを使うと、指摘の量が一気に増えます。 そこで起きるのは「全部対応しようとして疲れる」という事態です。指摘は材料であって、結論ではありません。 自社の基準を先に渡して、そこに照らして絞り込む。この一手間を入れないと、AIは便利どころか仕事を増やす道具になります。
限界③:制度の限界
ここは、ツールの性能とは別の話です。
AIを使った契約書関連のサービスについては、弁護士法第72条との関係が論点になってきました。法務省は、公式サイトに次のように記載しています。
契約書審査やナレッジマネジメントにおけるAIの有用性及び民間企業の法務部門におけるデジタル技術の活用拡大の重要性に鑑み、法務省において、AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第72条との関係について、予測可能性を可能な限り高めるため、下記資料を公表します。
「予測可能性を可能な限り高めるため」という書き方が、この領域の状況を示しています。 明確な線が引かれているというより、判断の予測可能性を上げるための資料が出されている、という段階です。
同じページには、産業競争力強化法第7条2項の規定に基づく回答も掲載されています。令和2年12月から令和7年8月まで、複数の回答が公表されています(令和4年度以前9件、令和5年度2件、令和6年度1件、令和7年度2件)。個別のサービスについて、国に照会して回答を得る仕組みが実際に使われている、ということです。
実務者として押さえておくべきことは2つです。
- AIの出力は、法的な助言ではありません。 サービス提供者側も、そのように位置づけているのが通常です
- 重要な契約、争いが起きている案件、判断に迷う条項は、弁護士に相談してください。 AIは相談すべき箇所を絞り込むために使うのが安全です
なお、上記の法務省資料の本体はPDFで公開されており、本記事ではその中身には立ち入っていません。 判断基準の詳細を知る必要がある場合は、法務省のページから資料そのものを確認してください。
機密情報の扱い
契約書は、ほぼ確実に機密情報です。
- 相手方の社名・担当者名・金額は、そのまま入力してよいか確認する
- 各社の学習に使われない設定が可能かを先に調べる(社内情報を学習させない設定)
- 社内にAI利用の規程がある場合は、それが優先されます
- 検討段階では、社名や金額を伏せて条項だけを渡す方法も使えます
条項の構造だけを見てほしい場合、固有名詞は不要です。 「甲」「乙」「委託料」のままでも、抜けの指摘は成立します。
FAQ
Q. AIに契約書のリーガルチェックを任せられますか?
A. 検出は任せられますが、判断は任せられません。 条項の抜けや論点の洗い出しには有効です。一方、その条件を受け入れるかどうかは、自社の基準・過去の経緯・交渉余地を踏まえた判断になるため、AIの守備範囲外です。重要な契約は弁護士に相談してください。
Q. AIの契約書チェックは法律的に問題ないのですか?
A. AIを使った契約書関連サービスについては、弁護士法第72条との関係が論点として扱われてきました。 法務省は「予測可能性を可能な限り高めるため」として資料を公表しており、産業競争力強化法に基づく個別の回答も複数公表されています。個別の可否は事案によるため、詳細は法務省の公表資料と、必要に応じて専門家への相談で確認してください。
Q. どんな指摘をさせるのがいちばん有効ですか?
A. 「この契約書に書かれていない条項」を挙げさせることです。 人の目は、書かれている文字は追えますが、無いものには気づきにくいためです。
Q. 指摘が多すぎて処理できません。
A. 自社の基準を先に渡してください。 「検収期間は14日以内なら可」「賠償上限は委託料総額」といった基準に照らして絞り込ませると、対応すべき箇所だけが残ります。
Q. 契約書をそのままアップロードして大丈夫ですか?
A. 社内のルールの確認が先です。 学習に使われない設定が可能かはサービスによって違います。検討段階なら、固有名詞と金額を伏せて条項だけを渡す方法でも、抜けの指摘は成立します。
Q. 英文契約でも使えますか?
A. 読解と論点整理には使えますが、準拠法や裁判管轄が絡む部分は、一般論では判断できません。 国際取引の契約は、専門家の確認を前提にしてください。
まとめ
- 強いのは「無い条項」の検出。 書かれている内容の要約より、抜けの指摘に使う
- 立場と目的を先に伝える。 発注者か受注者かで、同じ条項の危険度が逆になる
- 「判断はしないでください」と指示する。 AIの結論には自社の事情が入っていない
- 自社の基準を先に渡すと、指摘が実用的な量に絞れる
- 指摘された箇所は必ず原文と突き合わせる(条項番号と文言のずれが起こりうる)
- 弁護士法第72条との関係が論点になっている領域。 法務省が予測可能性を高めるための資料を公表している。重要な契約は専門家へ
生成物の権利関係は生成AIと著作権、作業を任せる範囲の決め方はAIエージェントの選び方、事務部門での使いどころは事務職はAIでどう変わる?にまとめています。
