研究職にとって、AIの最大のリスクは「存在しない論文を提示されること」です。

もっともらしい著者名、それらしい雑誌名、実在しそうな年号。書式は完璧で、中身だけが存在しない。 他の職種なら「間違いがあった」で済みますが、研究では引用の誤りが致命傷になります。

一方で、効果は出ています。総務省の白書データで、研究・商品開発の効果を感じる割合は39.1%。業務類型のなかでは上位です。

この記事の要点

  • 効果実感は39.1%(上位)。ただし未導入も27.4%
  • 効くのは調べる・整理する・言い換える
  • 出典の捏造が最大のリスク

数字で見る現在地

総務省「令和8年版 情報通信白書」データ集より、研究・商品開発の状況です。

状態割合
業務プロセスがAI中心に変更されている7.6%
部署内の特定業務で活用している22.9%
従業員が個人作業の効率化で活用している19.3%
未導入27.4%
わからない14.1%
社内に該当業務はない8.7%

効果を感じる割合は39.1%。 議事録・メール作成補助(72.3%)、社内ヘルプデスク(42.7%)に次ぐ水準で、製造・生産(39.8%)とほぼ並びます。

効果は出ているが、導入は途上。 これが現在地です。

⚠️ 白書の業務類型は「研究・商品開発」であり、大学等の研究職だけを取り出した統計ではありません。企業の研究開発部門を含む数値です。

効くのは「調べる・整理する・言い換える」

用途何をさせるか人が残る部分
文献の絞り込み大量の要旨から関連しそうなものを選別本文を読む
先行研究の整理手元の論文群を論点ごとに分類妥当性の判断
専門外分野の入口隣接領域の用語と全体像の把握一次文献での確認
実験計画の壁打ち想定される交絡・対照群の抜けの指摘設計の決定
英文の推敲文法・語法・簡潔さ内容の正確さ
説明の言い換え専門外の相手向けに平易化正確さの担保

共通しているのは、判断の前段階だということです。 絞り込む、分類する、指摘する——ここまでがAIの領域で、採用するかどうかは人の判断になります。

出典の捏造という問題

これが研究職にとって最大の落とし穴です。

AIは、読み取れなかった部分や知らない部分を、もっともらしい形で埋めます。文献の話題では、これが存在しない論文として現れます。

特徴が厄介です。

  • 著者名が、その分野に実在しそうな名前になっている
  • 雑誌名が実在する
  • 年号・巻号の形式が正しい
  • タイトルが、まさに探していた内容になっている

「探していた通りの論文が見つかった」ときほど疑ってください。

対策

  1. AIが挙げた文献は、必ずDOIか原典で実在を確認する
  2. 要約をAIに書かせない。 自分で本文を読む
  3. 文献の検索に使うのでなく、手元にある文献の整理に使う
  4. 引用する内容は、必ず原典の該当箇所を自分の目で見る

3つ目が実務的です。 自分がPDFを持っている論文群を渡して整理させるなら、存在しない文献は混ざりません。長い資料の渡し方はAIに長い資料を読ませるコツにまとめています。

仕組みそのものはハルシネーションとは?で解説しています。

実験計画では「壁打ち」に留める

仮説そのものをAIに出させるのは、筋が悪いと考えられます。

理由は、AIが出す仮説は「よくある仮説」に寄るためです。学習した文献に多く含まれるパターンが返ってくるので、すでに誰かが検討している可能性が高いということになります。

代わりに効くのは、自分の計画に穴を探させることです。

以下の実験計画について、次の観点で問題を指摘してください。
改善案は不要です。指摘だけしてください。

1. 統制されていない交絡要因
2. 対照群の設定に不足がないか
3. サンプルサイズの妥当性について確認すべき点
4. この計画では答えられない問い(結論の射程の限界)

[計画を貼る]

4つ目が有用です。 「この実験からは何が言えないか」を先に洗い出しておくと、考察の段階で困りません。

🔍 編集部の本音 研究でAIを使うときの分かれ目は、「調べさせる」か「整理させる」かだと思います。調べさせると、存在しない文献が混ざる。整理させるなら、材料は自分が持っているので混ざりようがない。手元にあるものを扱わせる。 この一線を引くだけで、リスクの大半は消えます。

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越えてはいけない線

研究倫理として、一般に問題とされる論点です。

行為なぜ問題か
データの生成・補完をAIにさせる捏造にあたります。欠測値の扱いは統計的手法の問題であり、AIに書かせる話ではありません
査読中の原稿をAIに入力する未公開の他者の研究成果を外部サービスに送ることになります
AIを著者として扱う著者は責任を負える主体である必要があります
未公開の自分の研究データを入力する所属機関の規定と、共同研究の契約に関わります

投稿先の学術誌や学会には、生成AIの利用に関する方針が定められている場合があります。 内容は媒体によって大きく異なるため、必ず投稿先の規定と、所属機関のルールを確認してください。 この記事では個別の規定内容には立ち入りません。

未公開データの取り扱いについては、各社の学習設定も判断材料になります(社内情報を学習させない設定)。

研究職として何を身につけるか

1つ目は、AIの出力を疑える力です。 特に、自分の期待通りの結果が返ってきたときに疑えるかどうか。これは研究の基本姿勢そのものです。

2つ目は、問いを立てる力です。 AIは「よくある答え」を返します。まだ誰も答えていない問いを立てる部分は、そのまま残ります。

3つ目は、データを扱う技術です。 研究職の隣接領域として、データサイエンスの手法は接点が増えています(データサイエンティストになるには?)。

学び方の順序は生成AI独学ロードマップ、他の職種での変化は職種別・AIで変わる仕事まとめにまとめています。

FAQ

Q. 研究職の仕事はAIでなくなりますか?

A. 数字を見る限り、その段階ではありません。 研究・商品開発では効果を感じる割合が39.1%で上位ですが、未導入も27.4%あります。効いているのは調べる・整理する部分で、問いを立てる部分と判断は人に残っています。

Q. 文献検索にAIを使ってもいいですか?

A. 存在しない論文が返ってくる可能性があるため、注意が必要です。 挙がった文献は必ずDOIか原典で実在を確認してください。手元にある文献群を渡して整理させる使い方のほうが安全です。

Q. 論文をAIに書かせてもいいですか?

A. 投稿先の規定によります。 学術誌・学会ごとに生成AIの利用に関する方針が定められている場合があり、内容は媒体で大きく異なります。投稿先と所属機関の規定を必ず確認してください。

Q. 英文の推敲に使うのは問題ありませんか?

A. 用途としては一般的ですが、未公開の研究内容を外部サービスに入力することになる点は判断が必要です。所属機関の規定と、投稿先の方針を確認してください。

Q. 実験計画をAIに作らせられますか?

A. 穴を指摘させる使い方をおすすめします。 AIが出す仮説は学習データに多いパターンに寄るため、すでに検討されている可能性が高くなります。自分の計画に対する交絡・対照群・結論の射程の指摘を求めるほうが有用です。

Q. 査読を頼まれた原稿をAIに読ませてもいいですか?

A. 未公開の他者の研究成果を外部サービスに送ることになります。 学術誌の規定でも禁止されている場合があります。依頼元の方針を確認してください。

まとめ

  • 研究・商品開発の効果実感は39.1%(上位)。**未導入も27.4%**で導入は途上
  • 効くのは調べる・整理する・言い換える。判断は残る
  • 最大のリスクは出典の捏造。 期待通りの論文が見つかったときほど疑う
  • 文献は「検索させる」でなく「手元のものを整理させる」
  • 実験計画は穴の指摘(壁打ち)に留める。仮説はよくあるものに寄る
  • データの生成、査読原稿の入力、著者性、未公開データは越えてはいけない線。投稿先と所属機関の規定を確認する